たとえ偽りに終わったとしても

趣味のこと書いてます。詩の投稿掲示板サイト代表のブログでしたが。

流れ星

流れ星

 

眠れていなかった直線道の僕の家族たちは

眠っていればよかった

 

現実のすべてを

おそれすぎた

僕の家族たちは

 

騒々しく

問うことを続け

 

指を撥ねられ

くたくたになった

おとうさんは

死にたくないよと

おかあさんを

 

僕が生きればいいという

おねえちゃんは

ずっと

忘れていなさいねといった

 

わからないよと

答えてみたは

いいけれど

黙って

生きれば

いいのかと

 

眠ってるまま置き去りにされた直線道の僕は

あの海へゆく

流れ星

みつけたら

わらったふり

ふりをしながら

ただ

生きてゆく

洞窟でひとり、穴を掘ってゆく

これは招待制サイトじらいげんげんへの私のステイトメントです。

閉じられた空間で何をやっていけばよいのか、やっと考えがまとまった。ここは洞窟であり、他者がいるけれども不在の空間だと割り切ってしまえばいいのだ。やっと気がついた。私は、私と私が捧げるべき神のためにこの空間を作ってゆく。誰かの受けやら誰かが私を楽しませてくれることを期待してはならない。
それは私が私にだけ宛てた夢想のメタファーだ。

誘っておきながらの放置を咎めることなく、夏を走り切られた芦野夕狩さん。「現代詩2.0」とは夕狩さんご自身の、走り続けるマラソンの別名だったよね、ゆうかりん
こんどはマラソンを、洞窟における穴掘りであると、呼名を変えた私がひとりぼっちでやっていこうかと思う。
何をやるのか?
そんなアイデアはたくさん持っている。そもそもひとり遊びが得意なんだ。カメラ、詩、映画、本を読む、それから独り言。飽きたら、飽きたでどうにでもなるよ。ワイヤードは無限大だからねえ。

僕が穴を掘る。もしかしたら隣できみも穴を掘り出すかもしれない。あなたも。それぞれの周期と、それから、そうだ、手の大きさやらの違いをそのままに、同じ形にはぜんぜんならない、なるはずのないトンネルが張り巡ぐる頃には、明るい場所にいる人々が気がつくかもしれないね。来年の夏ぐらいかな。綺麗な水脈の果て、砂漠の水源郷。
はい。では、やってみようか。

絶望とはなんですか?

2016年の9月に書くことが上手くなりたいと、詩の投稿サイトというものへ足を踏み入れた。詩を書く趣味をもっていたわけでもなかったし、詩を読むことが好きなわけでもなかった。読んだことがあった詩など宮沢賢治中原中也とランボウの地獄の季節ぐらい。初めて覗いたその詩の投稿サイトでは自分の作品を投稿する前にまず、他人の投稿作品へのコメントが義務付けられていた。どうせなら一番上手くて一番人気がある作品を読んでコメントしようと考え、いくつかの詩本を出されていてamazonの詩カテゴリー売上ランク上位にいらっしゃる「本物」の詩人の作品へコメントをすることにした。

詩なんてものは長くても十行ぐらいで、それらしいことが書かれているもんだろうと舐めた気持ちがあった。ところが、「現代詩」を代表する詩人の作品は5000文字を遥かに超えたもので、「これ小説?」という異様なものに思えた。それでも、なにやら初物に触れてのことか興味深々に粘って最後まで読んだ。なんだろうか、まったく何を言いたいのか意味が解らないし、どういった理由でこんな長文を書いて「詩」と定義してるのか、作品を投稿すると金が入る仕組みでもあるのかとも疑った。でもそうではないようだった。

報われない労力

そんな言葉が頭に浮かんでしまい、そのまんまの疑問を投げかけようかと思った。皮肉に受け取られてもいいような。でも今にして思えば我ながら純度の高い質問だったと思う。

あなたにとって絶望とはなんですか?

そう私は質問した。
その詩をどう読解すればよいのか、いや、これは詩ではないでしょうと、詰問するべきだったのかもしれない。でも、そうじゃなくて、詩のことではなくて、詩人から教わりたいことは詩のことじゃないと、それだけは解った。詩のことを詩人に尋ねてはいけない、そのようなことを。

『思考は言葉で組み立てます。現実は言葉で組み立てられておりません。この違いは、埋めることができないでしょう。でも、なんとか言葉で、というのが人間の気持ちなのかもしれません。ぼくもしじゅう残念な気持ちを持ちながら言葉で詩句を組み立てています。しかし、言葉と言葉のあいだにある溝が、現実にはなかったものをも想起させることがあるので、現実にはなかったものが創造されることもあるという意味では、言語の可能性は無限と言ってもよいのではないかと思います。そしてそれが、おそらくは、ぼくに全行引用詩を書かせている一因になっているのではないかと思います。ウルフの『灯台へ』は名作です。お知り合いの方に尋ねてみてください。ご存じの方なら、おすすめになられると思いますよ。ぼくの引用部分は、まさに部分で、作品自体は、傑作でした。絶望は文学にではなく、しじゅう現実の生活で味わっています。詩や小説を読んだり書いたりすることは、現実の絶望からの避難かもしれません。文学には、ぼくは希望しか抱いておりません。さいしょに書いた残念な気持ちを持ちながらも、です。』
 【文学極道/2016年9月2日投稿作品:全行引用による自伝詩。 田中宏輔 のコメント欄より引用】

文学も、詩も、なにもかも無知な初心者へ、とても丁寧に応じられ、教えていただいたこの言葉は一生の宝物としている。
3年がたった今でも私は文章を書くのが下手くそなままだ。絶望もわかってない。救いとか、自己治癒なんて高尚な気持ちにもきっとならないだろう。でも、これからも書いていこうと思っている。なんとなくだけれども、その残念な気持ちというのが私にもあるような気がするから。

 

救済を求めてわらう人々―武田地球氏「わたしの龍」を読んで

カンボジアの果物係りは最高だった。こんなに素晴らしい作品を書いちゃってどうしちゃったんだろう地球さんはと僕はびっくりしたし、詩人になっちゃったなあ地球さんはと、地球さんが遠くへ離れていってしまったような気持ちになった。あれから2年経ったけれど地球さん、僕はずっと文章が下手なまんま、ここに居る。

武田地球さんの詩の魅力ってなんだろうかと考え始めたのはたしか「大阪のミャンマー」を読んでからだった。Bの大賞を受賞した「あなたを待つよ、シャンゼリゼ」はとても評判がいい作品だったんだけれど僕にはあんまりピンとこなかった。彼女がtwitterで発信している魅力的な言葉遣いがシャンゼリゼにはあるけれども、彼女の息遣いではないよなあ、と。シャンゼリゼでは彼女ははっきりと絶望を口にしている。過去も現在も未来も「わたしの精神」もはっきりと口にしている。彼女ははっきりと言葉を口にする人ではない。そうではないんだ。知ったようなことを云うけれど。

「大阪のミャンマー」のことを地球さんははっきりと言葉にしない。出来ないんだ。だから「あれで」なんていう。

 

大阪のミャンマーはやたらに生真面目な青年で、直立不動がよくにあう。まいにち夜の公園で詩を朗読しているから、はたからみるとちょっとあれで、しかも時々に勝手に感極まって泣いているという。 
「大阪のミャンマー」より引用

 彼女らしいなと思った。「大阪のミャンマー」は彼女らしい。大阪のミャンマーみたいな人を彼女は見逃さない。カンボジアの果物係りだってきっとそう。

ピカピカの服を着ていたカンボジアの果物係りの少年は
20年もおなじ係りをしているうちに
果物のことが何にもわからなくなってしまった

 「カンボジアの果物係り」より引用

 

 何にもわからなくなってしまった人を彼女は見逃さない。とても陳腐な言い方かもしれないけれど、そういう人たちに笑って欲しいと願っている。
絶対にそうだ。でも、「わたしの龍」は逆転している。武田地球さんが大阪のミャンマーであり、武田地球さんがカンボジアの果物係りとして作品に現れてきた。現実の彼女。武田地球さん。


現実がどこからかどこまでかわからなくて、わたしはずっと浮ついている。

 

 

ここまで書いて今更いうことでもないけれど、これを批評文と呼ばないでいい。最初は批評文を書くつもりだったけど、批評文じゃないことに今気が付いた。でも批評文として続ける。

詩が自分語りであればあるほどにダサいし、頭がいい人たちが批判を浴びせる。そんなのは詩ではないと。つまらない奴らが世の中にはいる。賢くて気取ったやつらが弱い者いじめをする。握り拳で黙ってしまう人をバカにする。
でもね、そんな時に詩人になる。なると思う。僕は知っている。
「わたしの龍」とは詩人のことである。

「あんた、しっかりせえよ。」

詩を書き終えたらわらおう。

 

 

詩を書く言い訳をするには覚悟がいる~田中修子氏「うみのほね」を読んで

人の死は常に外界の傍にあって、その主体無き滲みのようにある死の感触は確かめることが難しい。確かめる手段が一つあるとすれば、生きる覚悟。


私が田中修子氏の詩に興味をもったのは2019年の3月だったと記憶している。彼女の存在を以前から知っていた。Bの方でいくつかの作品を投稿されていた。けれど、投稿作品を読んでも私の趣向に合わなかったからか、既読スルーするに終わっていた。それでも、現代詩フォーラムに彼女が投稿された作品「人でなし」を覗き読んだのは、タイトルの「人でなし」が触覚を震わせたから。気になって読んでしまった「人でなし」。彼女も私も持ってしまった他者との関係性において欠落しているもの、欠落せざるえなかったこと。そのようなことへの共鳴があった。

彼女の処女作本『うみのほね』には未収である作品をこの記事の始まりに出すことは適当ではないのかもしれないが、私が書く記事は文章構成もなにもかもが稚拙であることを御容赦いただき、もう少し付き合ってもらおうかと思う。

作品「人でなし」は自死した友人の話。自死をした友人を明かす行為とは一体どういう心情によるものか。私にはわかる。人の死への畏敬の念がどうだとかという物言いを以前に私は自分の作品への批判で受けたことがある。それが示す倫理観のようなものは理解する。だけれども詩として(結果として詩でなくなってしまっていても)この世に現さなければならない私だけの必然がある。相してある私にとっての自死した者たち。もう一つ現代詩フォーラムに彼女が投稿された作品名を挙げたい。「きみはなにに殺されたんだろう」。そこにある自死は天才を願って二十歳で死んだ人物。相してある私にとっての天才の早逝という自死。才能が無ければ早逝して天才の証とするのか、あるいは才能が人間を殺すのか。自殺についての思考は、未来と過去を現在において反復する。希死念慮は愛する者と憎悪する者を自らの生において反復する。その際限のない反復はどこかのタイミングで落とし前をつけなければならない。その落とし前の手段は誰か宛てではないけれど、誰か宛ての言葉を綴り出すしかないということ。批判を覚悟して私は、私だけが知っている私だけの友人のことを作品として文学極道に投稿した。その行為が田中修子氏と同じ様だと言いたいのではない。生死を反復する果てに詩はあって欲しいという私の願いであり、詩本『うみのほね』からも、その反復の果てにある残酷なリアルを受け入れました、という「憎悪の承認証」を感得した。私の推察の域を出ないことではあるが『うみのほね』に自死した友人はいない。作品の中に友人はいないけれど、残酷なリアルを受け入れた「彼女の友人」が宿っている。言うなればそれは、白島真氏の言葉を借りていえば「叫び」と「祈り」であり、付記するならば憎悪を内包したままに叫び祈り生きる覚悟がこの本にはある。

『うみのほね』に収められた作品「滲む記憶」を紹介したい。

ねぇ、お父さん

 この作品は冒頭この言葉で始まり、いくつかの、お父さんへの問いとお父さんの答えが交互に続く。ここでは詳細は引用しないこととする。是非手に取られ読んでもらえるといい。作品への言及をする前に申し上げておきたいことは「滲む記憶」だけに限らず、『うみのほね』は、一般論や読者自身の価値観、家族観、生死観、善悪観のフレームを用いて読むものではないということ。そうは言っても読みの手法やら、感じること、人それぞれ自由ではあるが、少なくとも私は初読後、作品の表層を読むのではなくて、「詩心」を発見したいと思った。では、詩心とは一体なんぞや。ここでの定義は「詩を書く言い訳」としたい。理由ではなくて言い訳である。同義ではあるのかもしれないが、『うみのほね』から私が探し当てたいものは「言い訳」という言葉が持つニュアンスの方が近い。話を作品に戻す。

分析しても 分析しても 涙が出るだけ 滲む涙で 詩を書こう

 

 

 引用した一節へ至るまでには語り手による自問自答、あるいは過去に経験したであろう事柄が綴られている。一体、「分析」とはどういうことを言うのか。そして何故、詩を書くことを選ぶのか。これを解するに、細かなことをここでは書かない。結論だけを断定していう。(いつも三浦はこのような書き方ではあるけれども)
分析とは合理で考えること、詩を書くとは非合理であること。

合理であれば多くの共感が得られるであろうこと。合理の先には「一般化」という誰もが経験する事象、納得理解することが可能な出口がある。しかし、合理とならない経験はどうすればよいのか。非合理なことを非合理なままにのみ込もおうとする時、破綻する。人間は破綻するかあるいは既に破綻しているのだ。言うなれば、詩を書く行為のこと。以前からの私の持論であるけれども、詩は断絶を表すことのできる唯一の方法であり、共感とは真逆のものであるということ。本作の結末の言葉を引用したい。

それはわたしの
わたしに連なる生の
すべての否定
愛は

死だ

 愛は死だとすることによってしか理解出来ないこと、つまり断絶を知るということではなかろうか。それを悲壮なネガティブなこととしては捉えてはならない。断絶は断絶のままに、生きる覚悟があればいいのだ。憎悪は憎悪のままに生きる覚悟があればいい。

 



最後に多くの人が詩本を手にされることを願い、過去に白島真氏の『死水晶』について私が書いた感想を載せておきたいと思う。詩は用意された場所、約束された時間で巡り会うものではない。運命としかいいようのない出会い。

 

『有名な小説本を買うことと無名な詩集本を買うこと。これはその本の価値を決める行為としては未確定であり両方にある差は出会う確率であり良き出会いは人生において稀なもので、良き詩集本に出会うことは運命に近い。良き詩とは、良き本の価値とは、何れかに依って定められるのか。それは言葉を贈られた側の運命、読者自身が持てる感性をも含めた運命が価値を決めている。白島真さんの「死水晶」とは、観察者が詩の表現を用いた、不可思議な運命についてのレポートだと思う。』

 

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渋谷陽一×宮崎駿監督のインタビュー本を読んでマインドが変わった

渋谷陽一という人を今の若者諸氏は御存知だろうか。カルチャー総体としての捉え方、観点といったところの影響を私は強烈に持っていて、近年、ネットにおけるメディア(そんな大袈裟なことではないし、私が主体者なわけでもないが)に関わるなかで、無意識にも、、いやもしかしたら渋谷陽一をかなり意識してやってきたのかもしれないと気が付いた。ネット詩掲示板の投稿者へインタビューをするという手法、渋谷陽一の影響というか追体験をしてみたかったというのが裏目的だったと言い切る方が三浦らしいだろう。急に渋谷陽一をなぜ持ち出しているのか。理由は記事のタイトル通り、マインドチェンジ、確変が先ほど起きたからなのです。
ここ一週間ほどtwitterツイキャス放送をやり過ぎてしまったという感が強い。特定の誰かにメッセージやら、ショックやらを送りつけてやるつもりはないのだけれども、呟いた後に、何というか吐気を催すようになった。生霊を感じて仕方がない。これはいかん、少し離れようかと積み上がった未読書籍を手に取ったのである。

『続・風の帰る場所』映画監督・宮崎駿はいかに始まり、いかに幕を引いたのか

これを読み始めるに、宮崎駿監督が発する言葉、哲学性とそのメタファーな内容に驚いた。渋谷陽一氏による「CUT」誌インタビュー記事は本著に収録されたものを発売当初に既に読んでいた。当時はあまりピンとくることがなかった。ところが、である。50歳を越えた今読むと身に沁み込んできてしかたがないのだ。ビーレビからも離れ、詩からも離れ(これを言うとまた軽率だと批判を浴びるだろうが、私は詩が無くても困らない距離感で詩を捉えています)、老いてゆく過程、仕事以外になにをやってけば楽しいものだろうかと迷走し、情緒不安定さを露わにしていたこの数か月間だった。本著で宮崎駿監督が明かすところのことは直に読んでもらえればと思うのだけれども、一つだけ紹介すると、、いや止めておこう。

で、言及したいのは渋谷陽一のインタビュアーとしての姿勢、スタイルについてなんです。先日、私のツイキャス放送に出ていただいたとあるゲストの方から「(三浦さんのインタビューは)誘導が露骨で、エンタメとしては面白いかもしれないが、楽しい会話だったかどうかといわれると・・・」という趣旨のコメントをいただいた。これは的を得ている。いや、皆さん御察しの通り、私は断定をするし決めつけた物言いと答えを予め想定し質問を為している。渋谷陽一さん的に云えば「思い込みが激しいインタビュー」であり、それについての批判や不快感、ハレーション(他人への悪影響)が起きることは覚悟の上、だったりする。つまり渋谷陽一さんがルーツにあるということです。

私の拙いインタビュー放送を渋谷陽一さんのなぞりだと自己正当化するのは気が引けるが、渋谷陽一さんのインタビュー本や、過去のラジオ放送などにぜひとも一度は触れてみるといいと思う。宮崎駿監督は露骨に怒りを表している。でも、他の「いいねいいね共感!」な対談では目にすることのない「本音」がそこにあるよ。

インタビューコンテンツ以外にも、ビーレビをラジカルな方向へ寄せていこうとする手法や、あざとく議論的な展開をあらゆる場所で期待するところも全てが渋谷陽一的であったと思う。ただ、誤解無きよう断っておきたいのは、渋谷陽一氏はビジネスとして成功された方、有名人であり、新しいメディアを設立した成功者であって、私はそれをなぞってゆく気持ちなどさらさら無い(当たり前だよな笑)。私の本業はサラリーマンであって、ネットやラジオなどは趣味の域から出ることは今後もない。ただ、ただし、であるが、宮崎駿監督が60歳を過ぎた時点で発している内容には今回の読書でかなり衝撃を受けた。そうそう、話題を最後に少し変えよう。
詩が無くても困らないと私は先ほど述べているが、何か書き物をしたり絵を描いたり音楽を奏でたり歌ったり作ったりすることを日常的にやってないと落ち着かない人間では今はもうない。今は、である。元々デザイン系の学校を出ていることはこちらのブログでも明かしているけれども、バンドをやったり絵を描いたり熱中していた若い時期はあった。もっと言えば転職14回の履歴の理由として少なからず「クリエティブな職に就きたい」というのもあった。クリエイティブな業界の仕事をかすめた時期もあった。で、今の職場が10年になるのだけれど、今の仕事は営業職でありながら、じつは「クリエィティブな仕事」なので満足していたりする。仕事内容を説明するのが難しい。営業職は営業職なのだけれども、自ら全てを作れる仕事内容だったりするということ。客との接点から商談、それに伴うプレゼン内容・資料、はたまた社内協議・調整、それら全部が自己表現、創作物であると言い切れるのです。その満足度はおそらく、芸術のそれ、つまり美的経験だったりする。不満があるとすれば、相対的な価値が生まれていないこと、自己満足でしかないということなのかもしれない。無論仕事上での他人様、御客様は価値を認めてくれている。それが芸術的な価値ではないのだようなあという感がある。では、具体的な目標を発見したのか。ちょっとだけ発見しました。まだ言えませんが。
読んでいただき有難う御座います。

 

自ら詩を選ぶことを放棄した詩人たち

くたばれビーレビュー、本当にくたばってしまったのか。

2019年2月投稿作品分のフル選評を私も含めて誰もやらなかった。
選ぶに相応しい作品が投稿されなかったのか。そんなことはない。
一つだけ作品を挙げると、久しぶりに投稿されたひいらぎ氏の作品などは準大賞以上になってもおかしくないだろう。他にもいくつかある。
なぜ選評を書かなかったのか。私個人の理由を明かせば、最近は掲示板に投稿されている作品を読むことすらしていなかった。
正確にいえば時々いくつかの作品は読んでいた。ひいらぎ氏の作品などは久しぶりの投稿ということもあり投稿後に直ぐに読んだ。
ただ、2月の全投稿作品を読む気力が起きなかった。100作の他人の詩を読む行為は「計画的に」もたなければ読めるものではない。少なくとも私にとっては。
自己批判的に語らせてもらうと、その「計画的」に読む詩ってなんだよ、ということではないか。苦行か?ということだ。仕事だ業務だというなら、最低だと思うが。
ただ、形而上の空虚な話を並べても仕方がないとも思う。実情としてのシステムに無理があったのだ。それは誰が悪いわけでもない。悪いどころか、無理、不可能なことを、理想を追っかける気持ちだけでやってこれたことが誇らしい。
2017年2月にスタートしたBreview杯。一旦事実上の終焉。
世間一般からすれば大したことではないだろうけれど、びーれびの歴史上、重大な事で。下手糞な文章をまた書くのが少し億劫だったけど、書きたくなった。

設立者天才詩人さん、発起人のみんな、設立から参加されてきた諸氏、私たちはやり遂げた。それで出来上がったものに満足して放棄した。

これから、新しい冒険のスタートです。

私の仕事

言葉の次にはこの言葉があり

という作業が不得手であれ

私のプレゼンは

実績を残せるものとして評価されている

プレゼンとはイメージだ

合理に沿って誘引されるのはお客であって

プレゼンの対象事物をイメージ化し

良質さの確信を持っているのは私である

確信を合理で説明しようとするプレゼンは失敗する

確信の合理化はできない

確信はイメージから派生する錯覚とも言え

無意識にせよ騙しゆく作業

良質なる価値は共同作業によるお客と私の幻想

事実上の良質さは実地により立証される

しかしお客は良質さの事実よりも

共同作業で作られたイメージを選ぶ

それは一見、愚かさが招く

歪んだ結果ではある

けれども、

日本人は信頼を尊重し

言葉の整然さよりも情を取る

酷い結果であれ

1人が得をするより

集団の幸を優先する

近代化の前に自由という言語も権利という言語もない

西欧の型に入る以前にイメージの言葉があった

共有するでもない共通の言語でもない

私だけの新しさ

オリジナルの朝

ひとりであれど

誰かと繋がっている錯覚

あるいは繋がっているのだという確信

嗚咽する崇高な情緒、人間

プレゼンの才能とは

妄想癖、虚言癖と言われるだろう

それは認めようと思う

実績だけが信用されればよいのだ

言葉は私のもとには残らず

あなたが認知する事実の上書きをする

私には声がある

声帯の振動ではなく

生きて堆積物となった身体の音

言葉の整然な響きと

イメージのプレゼンが

世界と調和する

 

 

たとえ偽りに終わったとしても

寝台列車に乗車する前後からずっと500マイルを聴き続けていました。
眠れないままに到着した東京駅。
ビルディングを眺めながら私はまだ
ピーターポール&マリーの500マイルを聴き続けていました。
既に失われた故郷には、友人も恋人も、家族も誰もいなかった。
ブルースだけが必要な季節のことを、あなたも知っているでしょう。
孤独は特別なことではありません。
私には冬の訪れが突然すぎて、
寒い季節を迎えるには準備が不足していただけのこと。
十八になった、初冬の話です。
朝の凍えは耐え難く自分を自分で騙すほかに
一日を始める術を知らなかった。
東京に出れば変わると、
酷い勘違いをしていたのかもしれません。
裕福な環境で育った私はプライドだけが高く、
「働き」は耐えられるものではありませんでした。
藝術を好んでいた私の同級生たちは皆、
美大へと通うようになっていました。
被害妄想が一層私を酷く歪ませました。
「自分に正直に」「自分だけの表現を」
そのような面持ちで朝を迎えるであろう、
彼、彼女たちが羨ましかった。
私はというと寝床を立つところから、
ただひたすらに自分を偽り続ける。
昼間を経て夜になると他人への偽りが更に増す。
真夜中に頭をもたげる紛らわしき善悪の判断が
それを加速させるのです。憎悪、羨み。
三十回の冬が過ぎると、
憎悪も何もかもが思い出の品となって蔵われ、
完全なる他者だけの春が訪れます。私だけの世界です。
その世界の訪れを夢のケーブルと称する人がいました。
夢と呼びたくなるほどにその人は孤独であったのでしょう。
夢のケーブルは完全なる他者を実存へと向かわせます。
まがいものなのに。
完全なる他者は正しさを説きます。
紛らわしさの罪について宗教家が私に語ったことがありました。
偽札はその精度が高ければ高いほど罪が重いと。
彼はとても真剣な表情で話しを聞かせてくれました。
表層だけの共有、一体感。うんざりな気持ち。
宗教とSNS紙一重
私は2008年にmixiを放置しました。
2016年にFacebookも放置。
Twitterは2010年に登録しましたが2015年まで放置。
2016年からは五つのTwitterアカウントを使用し
時間と情報のシェアに紛れました。
私は止めることにします。
タバコを止めることは出来ませんが
Twitterを止めることは私にとって無理なことではありません。
なぜならば私の残り時間はあと僅かだからです。
タバコを吸う時間は多くても日に1時間。
Twitterに使っているのは日にどれぐらいでしょう。
その時間があれば100キロ離れた場所まで
ロードバイクで行くことができます。
きれいに陽が沈む景色を眺めてみたいなって思うのです。
そして死に方を考えるのです。
もちろん夕陽がなくても死に方を考えることは可能です。
死に方を考えなくても死ぬ時が来れば人は死ぬのでしょう。
人の死。
吉本隆明が示された文学者の死に方があります。
文学者はその死に方によって文学が蘇るという話。
これを私は実践してみようと思うのです。
それは現実の死ではなく、まがいものの世界において。
最後まで私の理は破綻していますか。それでもいい。
合理による共有を求めることに疲れました。
完全なる他者、完全なる私の世界と並行する非合理な世界へ
私は戻ります。誤解は誤解のままに。
不完全な表情に還った私がいつか再びあなたと語り合えたら、
その物語を確実に記してみたい。
初めて私が言葉を学ぶように。
この世には絶対があります。
あなたも絶対を感じたことがあるでしょう。
私は肉親を亡くしたときに絶対を感じました。
そうしたら生きていこうと思えました。
だからあなたと約束をする。絶対にまた会いたい。
たとえそれが狂気であって、たとえそれが、偽りに終わったとしても。

 

動画でもつくれば批評より紹介が詩に必要になる

批評を言葉に発してやる、批評を放送でやる、生放送で批評をやることは不向きなものだとさっき気が付きました。それは思うに、批評というものは理に適ってないとだめだからなのでしょうね。生放送だと、時には理から外れますもんね。先日ツィートしたけど、僕は作品の紹介でいいです。批評など永遠に縁遠いものでいいです。
昔々このブログのように、語り口調で詩に言及すること自体が舐めた行為だと指摘を受けたことがあったが、仰る通りです。
で、動画の話。ラジオ番組のインフォメーションは動画をメインに据えたい思いがあってafterefectsを使い出した。確か、afterefectsを入手したのは10年ぐらい前だったと記憶している。入手当初、パラメーターの多さに閉口し、二度と開くことのないアプリケーションとしてずっと放置していた。今回も開いてみたはいいが、印象に変化はなく他のソフトを探した。animeefectsというソフトを発見。これがよかった。簡単に操作をマスターすることが出来た。思いもよらず、animeefectsで覚えた動画(アニメーション)作成の基本マニュアルがafterefectsへの敷居を一挙に下げてくれた。これはとても貴重な体験だった(いや私だけかもしれないが)。そこで、afterefectsの初歩的なつまずきやら、ビギナーが往々にして謎だと疑問に持つであろうことを近いうちに記事にしておこうと思っている。
ところで動画製作はラジオ番組のインフォメーションだけが目的ではなくて。詩の動画を本格的に作っていきたい気持ちがある。詩を動画にする。そこには朗読は無いかもしれない。いや、朗読も収めるかもしれない。いずれにせよ、新世界へ詩を持っていきたいと考えている。ITってたしかインフォメーションテクノロジーの略だった気がする。批評される詩よりも紹介される詩に近いことが出来たら僕はほくそ笑むことだろう。
Youtubeを詩で席巻してみたいものだ。

— みうらA面 (@breviewwired) 2018年9月27日

ゼロ位置と誤差について

書きたいと当初思っていた作品にはならなかったので、別の、過去不完全に終わっていた作品と合体させたものに作り変え、ビーレビに久しぶりに投稿した。

代替えのきかない己にしか書けない詩文。僕がそれを書くことに成功したのは「赤い川」だけ。事実を書くのとは違う。事実を書いた作品は「赤い川」の他にある。今回投稿した作品だってノンフィクションと云えばノンフィクションだ。

オリジナルについてよく考える。所属している仕事のカテゴリー柄、「オリジン・原点」という言葉をメカニカル上の意味において頻繁に使う。原点が失われるとメカは誤差があるままに動いてしまい想定していた結果から大きく外れる。0位置がちゃんと取れている作品を書きたい。

他人の作品を読む。良いと思えない作品に出くわしたら、何も言わずに立ち去ればいいのに、私は辛辣なことをコメント欄に書く。辛辣さが向かう方向は作者だろう。私は他者との関係を壊したいのかもしれない。誤差のままに生きている私から傑作が生まれるわけがない。傑作を書きたいのであれば、傑作が書けない自分と世界の関係を壊す他に詩書きを根源的に向上させる方法を知らない。他人が書く作品が劣悪であるはずがない。劣悪なのは自分が観る世界であり、辛辣な言葉で表さなければ、自分の醜い世界を観みて自己嫌悪の底に打ちのめされて沈むことは永久に訪れない。他者とは、どこまでいっても私の中にいる他者だ。私が創り出している他者であり、私がいる世界とは私のなかにいる他者との関係であり私には誤差がそこにある。時々そう考えながら詩文を書いたり他人の作品を読み、コメントを書いたりしている。

ララァとアムロとシャアとシンジとレイとアスカ

これは私のなかのガンダムエヴァである。ソースも調べずに書いている。もしかしたら既に誰かが述べられてることかもしれない。誰も読んでいない当ブログだから許されると思って書いている。さっき首都高を飛ばしていてハッとしたから書いている。

特別なララァと特別になってしまったアムロと特別を手にしようとしたシャア。特別なレイと特別になってしまったシンジと特別を手にしようとしたアスカ。特別なララァは特別を手にしようとしたシャアを愛し、特別になってしまったアムロは特別なララァを愛し特別を手にしようとしたシャアを憎む。特別を手にしようとしたアスカは特別なレイを訝しみ特別になってしまったシンジが歯痒く、特別になってしまったシンジは特別なレイを愛し特別を手にしようとするアスカをみないようにしている。
私は一体誰に自己投影しているのだろうか。
私がはてなブログを続けようと決意した理由の一つに彼女の存在がある。
彼女はララァ・スン。彼女はニユー・タイプ。以上

福生/FUSSA―本物というやつ―

今週のお題「好きな街」
米軍横田基地がある福生。70年前後のニッポンヒッピーカルチャーの聖地であり、大滝詠一さんがスタジオを構えた街。ストリートスライダーズがいたライブハウスUZUも福生。伝説の漫画「SEX」が舞台とした街も福生だ。国道16号沿いにアメリカが点在する。服飾雑貨店や飲食店。本当のアメリカが鉄柵の向い側にあって、国道16号からこちら側の路地へ。米軍ハウスを見つける。夏にはよく福生までバイクで行ったりしてたけど、5年前に免許取消しをくらってしまい再取得してからは、まだ一度も行っていない。時々地元のヤンキーな少年たちをみかけたけれど、今も出没してるだろうか。ニッポンの一般的なマイルドヤンキーと違って福生のヤンキーな少年たちは違う。みためからして刺々しさが似合っていて、サイケな服装と黒いバッド、それから金髪がよく似合っていた。つまり、それは本物というやつだ。本物という危険。本物という緊張。
そういえば「限りなく透明に近いブルー」も福生だったね。

KILLER TUNE RADIOな気分でいる

私は物語のなかに現在いる。物語のなかに在ることにしている。ラジオ番組をやるという物語のなかにいる。
50年も生きればブログに書けるネタはたくさんある。それを書きたくない。言いたくない。バカにされる中高年でいい。バカにされる理由は年齢に相応しくない惨めな姿だということなのだろう。それがいい。そうでありたい。君子豹変してtwitterを続ける気になったのもこの気持ちが大いにある。さっき、KILLER TUNE RADIOという映画があったことを知った。DVD化されていないので本編を観ることが出来ないが、ティーザーを観た限りだと興味を惹く物語性のある映画に思える。
キラーチューンとは「これだ!」という断定だ。訳もわからずこれだというパワーが世界の入り口に立たせる。訳知り顔のやつらは世界の出口から多くの共感を得る合理的な言葉を吐く。そんなのは当たり前だ。知った世界の言葉なのだから。
11月2日の番組スタートまであと12日。

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東京冒険忌憚ある夏の日

2016年の夏、冒険をたくさんやった。いろんな人に会いにでかけた。7月30日は刺激的な1日だった。ネット詩やらの場所にもまだ足を踏み入れてはいなかった。詩を書こうなんてこともまだ考えていない。大森靖子さんには出会っていた。twitter上で意味もなく知らない若者たちへ話かけてた頃、独りよがりな妄想のなかに私はいた。若者たちは困惑しただろう。ある人は不快な気持ちをぶつけてきた。ある人はどうかしてる人ですか?と疑問を持たれていた。私は怒ることもなく、無視するでもなく、困惑するでもなく、ただ、残念な気持ちがあったような記憶がある。小学生の時に一度だけ経験した転校生だった頃の気持ちが一番近かったような。いづれにせよ私はtwitterを止めたくなった。最後に何をつぶやこうかと何気に検索するなかに大森靖子さんがいた。彼女は私をフォローしてくれた。大森靖子さんが見つけてくれたと書いておこう。
その後は、以前にも増して私は勘違い野郎となるわけで、twitterも未だに続けている。
話は戻る。2016年7月30日とは、私が憧れていた大滝詠一さんの近くまで辿り着いた記念日だ。勘違い野郎、妄想が増大した人間がどのような行動に出たのかを聴いておくといい。何かの参考になるかもしれない。なるほどねという程度だと思うが。

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